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幸運なる出会い
サッカーの練習でひどく腰を痛めてしまった高校生の私は、友人の勧めで通学路沿線の鍼灸院に行ってみることにしました。整形外科に通い、処方された薬を服用し、湿布を貼り続けてもなかなか痛みは減らず、私は焦りを感じていました。

はり治療、というものに特には期待していませんでした。予備知識もなく、はり・きゅうは高齢者が受けるもので、ちょっと怪しい、という印象をなんとなく持っていた程度です(これは今でも多くの人が感じていることかもしれません)。

早くこの痛みから解放されて、サッカーをしたい!

私の願いはこれだけです。

かれこれ30年も前のことなので、今と比較すると情報は圧倒的に不足していました。「腰痛 治療」などとスマホでググる事も出来ないので、身近な人間からの口コミが主な情報源です。たまたま私が聞いた話が「はり」だっただけです。正直なところ、良くなりさえすれば治療法は何でもよかったのです。

この「たまたま」の出会いが、私の人生に大きな影響を及ぼすことになります。

槍投げ


鍼だけではない効果
初めて鍼を受けた感想は、「気持ちが良かった」です。覚えているのは、ベッドにうつぶせになり、腰に何本か鍼を打たれ、そこに低周波の電気を流されたこと。腕っぷしの強そうな院長先生だったこと。鍼ってそんなに痛くないんだ、と思ったこと。

腰痛が一回できれいさっぱり完治したわけではありませんが、私にはある種の満足感がありました。

理由の一つは、腰痛を抱え焦り、悩んでいる私の気持ちを聞いてもらえたことです。話を聞いてもらえるだけで、メンタルが落ち着くという経験を初めてしました。

もう一つは、今抱えている問題を解決するヒントをもらえたこと。腕っぷしが強そうに見えた院長先生は、もとアマチュアレスリングの選手で、腰痛対策として筋トレ、ストレッチなどを教えてくれました。さらになかなかレギュラーになれない私に「人と同じことをしていては勝てないぞ」という内容のアドバイスまでしてくれました。これまで他の医療機関では体験したことのない、とてもありがたく貴重な経験でした。

そして、

早くこの痛みから解放されて、サッカーをしたい! 

という一番の願いがかないました。


しばらくの間この鍼灸院に通った私は、もがきつつもサッカーの練習に復帰することが出来ました。選手として目立った活躍は出来ませんでしたが、大好きなサッカーを高校の最後まで続けることが出来たのは鍼灸との出会いがあったからだと思っています。

(続く)


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「整動鍼ADVANCE」ステッカー
つい先日、所属している整動協会から新しいステッカーが届きました。整動鍼の応用3編を修了するともらえる「整動鍼ADVANCE」ステッカーです。
整動鍼advanceステッカー1

治療室そらのキャビネットの上にならべてみました。
整動鍼advanceステッカー2

古武術整体の「活法」のステッカーもあります。
整動協会ステッカー

現在治療室そらで行っている施術はこの整動鍼と活法がメインですが、ここに至るまで紆余曲折がありました。


鍼灸との出会い
私が初めて鍼灸を知ったのは、高校1年生の時です。当時県内では強豪だったサッカー部に所属していた私は、練習中に腰を痛めてしまいました。腰痛になったのは初めての経験でしたが、今思い出すとかなり重症だったと思います。一番痛い時は、寝返りをうつのもうめき声をあげながらで、トイレには這うようにして行き、高校を数日欠席したほどでした。

やがて少し痛みがやわらぎ、歩けるようになって整形外科を受診しました。レントゲンを撮り、牽引療法を受け、湿布と痛み止めを処方されました。しばらくの間サッカー部の練習を休み、医師の指示通り通院したのですが、なかなか症状は改善されません。当時は全く医学知識がなかったので、他の治療方法を試すということは思いもしませんでした。

練習が出来なくて、他の選手に後れをとってしまうという焦り。ちょっとした体の動きで脳天まで突き抜ける痛み。私は心身ともにどんどん弱っていきました。

そんな時、陸上部員の友人が同じように腰痛で苦しんでいたのを克服した、という話を耳にしたので、早速話を聞きに行きました。彼は小学校の頃からスポーツ万能で、高校時代はインターハイ出場、大学でも競技を変えてインカレに出たという逸材です。高校時代もその万能ぶりを発揮して、複数の種目を経験しましたが、当時はやり投げの選手でした。

腰痛の治療を受けるのは病院しかないと思っていた私は、「腰痛、ひどかったらしいね。どこの病院で治ったの?」と尋ねました。すると彼は「病院じゃないよ。はりだよ、はり。と答えました。

「はり?」

高校生の私ははりに対する知識はほどんどなく、なんとなく年寄りが受けるものと思っていたのでとても驚きました。

「そんなに腰痛くて困ってるんだったら、俺が行ってるところ紹介するから騙されたと思っていってみ」と、親切な男でもある彼は通っていたという治療院の住所と連絡先を教えてくれました。

「あいつ、やりじゃなくて、はりか…。」と訳の分からないことを考えつつ、なかなか良くならない腰痛に困り果てていた私は、ダメでもともと、と覚悟を決めて「はり」なるものを体験してみることに決めたのでした。

(続く)


たくさんの質問をいただいてます
治療室そらでは、「整動鍼」の理論に基づいた施術を行っています。

「整動鍼」について詳しく知りたい方はこちらをどうぞ→(一社)整動協会

この整動鍼を導入してから、多くの方に

「なんで腰が痛いのに、ふくらはぎに鍼をするのですか?」
「痛むのは首なのに、首ではなくて手に鍼をして楽になるのはなぜですか?」
など、痛みがある場所ではなく離れたツボに鍼をする理由を尋ねられました。

その都度簡単にご説明していますが、
「もっとわかりやすく!」と思われた方は、整動協会から

【脳科学の鍼灸理論】腰から離れたツボで腰痛が軽くなる不思議な理由

というタイトルで動画がアップされているので
こちらをご参照ください。






鍼を打つときに使う管

鍼を体に打つ方法はいくつかありますが、一般的なのは鍼管(しんかん)とよばれる管を使う方法です。
鍼を受けたことのある人なら見たことがあるかもしれません。

     鍼のいろいろ
(青い鍼にかぶっている管と下の赤っぽい管2本が鍼管です)

鍼管は、鍼が皮膚をわずかに貫く時の痛みを軽くするための道具で、江戸時代に考案されました。
現在では日本をはじめ、世界中で使用されています。
鍼は中国から日本に伝わったものですが、鍼管を発明したのは杉山和一という盲目の日本人です。

5月11日の日曜日、杉山和一の遺徳をたたえる『杉山祭』が江ノ島で行われ、
私も参列してきました。

墓前祭と神恩謝恩祭

まずは湘南海岸を見下ろす江ノ島の中腹にある墓所へ向かいます。
      杉山検校の墓 解説

             杉山和一の墓

ここで江島神社の宮司さんが神事をとりおこない、多くの参列者とともに
私も神妙な心持でこうべを垂れ、お線香をあげさせていただきました。

次に神恩感謝祭が行われる江島神社の境内に向かいます。

転んだ先にあったもの

境内に向かう途中、大きな石が。

     福石

どうやらこれが杉山和一が『福石』のようです。
『福石』と『鍼管』については、↓をご覧ください。

     福石の解説

福石につまずいて倒れ、気を失った杉山和一が見たのは女神様、弁財天だったのですね。
では、その女神様にも感謝の気持ちをささげに行かなくてはいけません。
ということで、『神恩感謝祭』にも参列してきました。

これまで神事に参列する機会がほとんどなかったのですが、厳かな雰囲気の中で祝詞を聞きながら
静かに座っているというのは心洗われる素敵な経験でした。

神事の後は昼食会です。
     岩本楼の宴会場

昼食会では鍼灸学生時代に教えていただいた先生に再会し、少々お酒もいただき良い気分に。
当日はお天気も良く、気持ち良い一日でしたが、一つ気になることがあります。
くだんの『福石』ですが、結構大きい石がいくつかならんでまして、
はて杉山検校はどれにつまずいたのやら…。

この謎を解明すべく、また来年も参加したいと思います。

湘南台の鍼灸・マッサージ 治療室そら

















三陸ワカメ
先日往診先で患者さんに新物の三陸ワカメをいただきました。
製造元の住所は岩手県大船渡市・・・と包装に印刷されているのを見て
被災地の産業が少しずつ復活してきているのだな、と感じました。

東日本大震災から2年あまり、藤沢に住む私の生活は震災前とほとんど変わりがありません。
しかし、年末年始にボランティアに行った患者さんは

「がれきが集積場に集められたので、街の中がきれいにはなったけど
住居や産業はまだまだ、ですよ」

と言っていました。


想像がつかない話
実はワカメを下さった患者さんは、甚大な被害を受けた岩手県大船渡市のご出身です。

「実家は流されてしまって、まったく何も残っていない」

「いくつかの親戚も家を流されてしまった」

と口に出すのもつらいであろうと思われる話を聞かせてくれました。

実家が流されて何も残らない

私には想像しがたいとても重い話でした。


できることは
このブログにも何度か書いていますが、治療室そらでは東日本大震災で被災された方や
救援・復興のため現地に出向いた職業人の方、ボランティアの方に無料で施術を行ってきました。

 詳しくは過去のブログをご覧ください↓
無料にて施術します(ふんばろう東日本支援プロジェクト) 

復興支援、続けています。

少しですが、復興支援。

大したことが出来ているわけではありません。
でも「何かしなければ」という思いは、あの日以来持ち続けています。

ご本人もご家族も大層恐縮していたのですが、ワカメをくださった患者さんにも
半ば強引に無料施術をさせていただきました。

そしてあらためて

身の丈に応じて自分が出来ることを続けていく
そして、あの日起こったことを忘れない

自分に出来ることはこの二つ、これを続けていこう!と思いました。

新物三陸わかめ

このワカメを育んだのも、あの日津波となって東日本に襲いかかったのも同じ海。

さまざまな思いがよぎりましたが、頂いたワカメは私が余計な描写をしないほうがよい
と思うくらい美味しかったです。

ありがとうございました。

湘南台の鍼灸マッサージ 治療室そら