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活法(古武術整体)の威力
今一つ自分の鍼灸の技術に自信が持てなかった私は、街でよく目につく「整体」の技術を習得すべく、活法のセミナーに通い始めます。活法の魅力を上げるときりがないのですが、個人的に二つあげるなら以下の二つです。

①効果の再現性の高さ
②即効性

特に①は、治療室そらの腰痛や肩こりの施術を劇的に変えるものでした。学び始めて間もない頃でも、初心者なりにある程度の効果は再現することが出来ます。もちろん、技術の習熟度に応じて施術の効果には差が出るのですが、これまでの自分の鍼灸ではこのような再現性は得ることが出来ませんでした。

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同じことが鍼で出来たら…。

そんな妄想をせずにはいられませんでいた。

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日々の妄想の果てに
私が活法のセミナーを受け始めた2014年当時は、「入門」「基礎」「応用」がそれぞれ3編で計9編のコースがありました。数か月おきにセミナーに通っていると、衝撃的な知らせがありました。

「活法の理論と実践から導かれた鍼法のセミナーが始るよ」

これこそが私が求めていたものに違いない。
妄想が、現実になりました。

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古くは戦国時代に生まれたとされる活法。
ひっそりと現代に継承されたその技術が、鍼法へと昇華されようとしています。

活法の大きな魅力である、効果の再現性の高さと即効性。果たしてこの新たな鍼法は、この魅力を十分に引き継いでいるのでしょうか。

(最終回につづく)
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鍼の効果
鍼灸師になってから、ずっと疑問を感じてきたことがあります。
なぜ鍼は効いたり効かなかったりするのでしょうか。

例えば、ぎっくり腰の鍼治療。
痛む場所がはっきりしていて、痛む動作も特定出来ています。

ここぞ、と思う場所に鍼をしても、劇的な効果がある時と、ほとんど効き目がない場合があります。
何回も同じようなことがありました。なぜ自分の鍼は再現性がないのだろうか。

自分なりに考え続け、一つの答えに行きつきました。

「ツボが、わかっていない」
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ツボというものは
ツボとは何だろうか。ツボと経穴はほぼ同義語であろうと思い、広辞苑を引いてみました。

【経穴】灸を点じ鍼を打つべき身体の箇所。全身に数百か所あり、経絡の要所に当たり、
病気の診断と治療の対象点とされる。(広辞苑 第五版)

分かったような気もしますが、実際の臨床では分からないことばかりでした。

場所、深さ、大きさ、硬さ、温度、などなど。 教科書や専門書の説明を読んでも、
今一つ判然とせず、自分の取ったツボが正解なのか否か自信が持てない。
これこそが、自分の鍼治療効果が安定しない最大の理由だったのです。

効果的な鍼をするには、以下のことが重要です。

・ツボがきちんと取れている(探し当てることが出来ている)
・ツボにしっかりと鍼が当たっている
・ツボに鍼をした時に、変化が現れる反応点を知っていること

私はこれがほとんど出来ていなかったため、効いたり効かなかったりの
再現性の低い施術しか出来ていなかったのです。

出来ない理由は分かりました。しかし、自分一人ではどう解決すればよいのか分かりません。
誰か教えてくれないか、どこか学ぶところはないのか。
その頃の私は、悩みを抱えたまま「活法研究会」で古武術整体を学び始めていました。

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(続く)

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独立開業の現実
21世紀を目前に鍼灸の道を志して脱サラ。鍼灸学校、鍼灸教員養成科を卒業後、病院勤務や訪問マッサージの仕事を経て、2009年に縁があった現在の店舗所在地で開業しました。

さすがに全くのゼロからのスタートは不安だったので、以前から個人で受けていた往診の患者さん数名を抱えての開業となりました。資金に余裕がなかったこともあり、広告宣伝はほとんど行いませんでした。友人知人にパソコンで自作したチラシを配ったり、自作のホームページと、始めたばかりのブログだけで情報を発信していました。あとは時間さえかければ、口コミで徐々に患者さんは増えていくと漠然と考えていたのですが、現実は厳しいものでした。

「そもそも新規の患者さんが来ない」→「口コミで広まりようがない」→「経営危機」

という状態に陥り、さらに技術的にも

「そもそも新規の患者さんが来ない」→「臨床で数をこなすことが出来ない」→「技術力が上がらない(というか、下がる)」

ということになっていきました。

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「こんなはずではなかった…」と思いましたが、今考えれば、なるべくしてなった、ともいえると思います。その一番の要因は、自分の技術に自信が持てず、治療や経営の方向性が全く定まっていなかったことです。

訪問マッサージ、鍼、灸、指圧・マッサージ…。
当時の私は、とにかく「何でもあり」でした。


メニューは「鍼灸プラスマッサージ」?
「何でもあり」になってしまうのは、臨床での自信のなさの現れでした。鍼を施術して、十分な効果が出せない時は、指圧やマッサージで「心地よさ」をプラスすることでお茶を濁すことも度々でした。

当然このような状況は面白くありません。自分なりのベストを尽くしているとはいえ、全く納得がいかず、悶々とする日々が続きました。友人たちからは、「どう、整体は儲かってる?」とよく言われました。私は整体師ではなく、鍼灸・あんま指圧マッサージ師なのですが…。

そういえば、街中で目にするのも「整体」の看板の方が多いような気がする。
「鍼灸師」より、「整体師」の方が世間には認知されているのか。

でも、「整体」というのは一体何をやっているのだろう。そんなことが気になり始めました。

開業はしたものの、開店休業状態の治療室そら。時間だけはたっぷりとあったので、ネットサーフィンを好きなだけ出来ました。そんな時に、現在私が施術に取り入れている「整動鍼(せいどうしん)」を考案した栗原誠先生のブログに出会ったのです。

その時のことは、これまでも何度かこのブログで書いています。
興味のある方はこちらをご覧ください。
「鈴虫とツボの数②」
「活法研究会合宿とステッカー」
「活法研究会合宿とステッカー②」

活法と整動鍼。

この二つに出会うことが出来たおかげで、「何でもあり」だった私の臨床は本来自分がやりたかった「鍼」中心になっていくことになります。

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次回はなぜ私が「鍼」が不得意だったのかを自分なりに考えたことを書いていこうと思います。

(つづく)
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鍼灸学校の教員になるには
鍼灸学校を卒業後、さらに教員養成課程でもある「臨床教育専攻科」に進学した目的は、「臨床経験を積むこと」でした。しかし、専攻科の2年間では自分自身十分と思える経験を積むことが出来ず、またしても卒後の身の振り方に悩むことになってしまいました。

もう「進学」という選択肢はありません。鍼灸・マッサージ師として、稼いで食っていかなければならないのです。脱サラ後、5年間の学生生活で経済的にはかなりひっ迫していました。出来れば安定した収入が見込めるところに就職したい。一番可能性が高いのは鍼灸学校の教員になることでした。

その当時、2004年頃は全国に新設の鍼灸学校が設立され、各校が教員資格者を積極的に募集していたのです。
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しかし、収入の安定を求めて教員になるのは、サラリーマンに戻るということです。それにはやはり違和感がありました。
もう一つ気がかりだったのは、臨床教育専攻科に在籍した2年間では、鍼灸学校で講義が出来るような十分な臨床経験を積んだと自分で思えなかったことです。

「現時点で鍼灸学校の教員になるのはやめておこう」

そう決断しました。

勤務鍼灸師時代
卒業を控え、ただ一人卒業後の身の振り方が決まらない私を見かねて、同級生が就職先を紹介してくれました。町の個人医院が鍼灸師を募集していて、勤務は週3回、治療方法は特に指定されず、自由に鍼を施術してよいとのこと。医師が適応と考えた患者にどんどん鍼灸をすすめるので、患者数は少なくはないようです。

自分が望んでいた形態に近かったので、この医院にお世話になることを決めました。
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働き始めると、運動器疾患がほとんどでしたが、予想通り患者数はそれなりに多く、週3日は存分に鍼を施術することが出来ました。身近に指導してくれる人がいないので、日々の臨床は手探りです。これまで学んできたわずかな知識と経験を総動員しても、結果が出ないことも少なくありませんでした。

この医院に来る週3日以外は、臨床教育専攻科時代からの患者さんを中心に、往診をしていました。仕事を掛け持ちすることで、どうにか食べていけるくらいの収入を得ることができ、一見安定しているかのような日々が続きました。



訪問マッサージの世界へ
一見安定しているような生活が3年ほど続いたころ、「いつまでこの状態が続くのだろう」という不安が徐々に強くなってきました。何とか自分一人で食べていけるようにしたい。いろいろと考えた末に、同級生が着々と事業を拡大していた訪問マッサージの世界に入ってみることにしました。

この時も勤務は週3日で、パート勤務としては良い条件で雇ってもらうことが出来ました。病院勤務中には出会うことがなかった状態の患者さん宅を、冬の雨の日も、猛暑の夏も原付バイクで訪問する日々。
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こちらでも2年ほどお世話になり、良い仲間にも恵まれ、多くの貴重な経験を積ませてもらい、鍼灸ではありませんが、どうにか一人でも食い扶持を稼げそうな自信を持つことが出来ました。

さあ、今度こそ一人立ちしよう!

(つづく)
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「臨床教育専攻科」という選択
あっという間に過ぎた鍼灸学校での3年間。入学当初は脱サラして開業鍼灸師になるという夢を抱いていましたが、鍼灸学校を卒業してすぐに開業して生活していけるほど甘くないという現実に直面しました(もちろん卒業後すぐ開業して成功している方もいると思います)。

問題はいくつもありましたが、1番の不安は臨床経験がほとんどない、ということでした。問題解決のためには鍼灸治療院に就職して、先達に指導を仰ぎながら経験を積んでいく事が考えられましたが、残念ながら希望通りの就職先を見つけることが出来ませんでした。

そこで私が考えたのが、「進学」という手段でした。鍼灸学校の同級生たちの中には、少数ですが卒業後に鍼灸の教員養成課程がある学校に進む人がいたのです。いくつか資料を取り寄せて調べてみると、「臨床教育専攻科」と銘打った課程がある学校を見つけました。

「臨床教育専攻科」。

臨床も学べて教員資格も取れる。費用はそれなりにかかりますが、何より学生の立場で2年間臨床の場に立てるのはありがたい。

しかしその考えの裏には、30歳を過ぎて再び味わってしまった、「学生」という言わば特権的な身分にもう少し浸っていたいという甘えと、まだ就職したくないという現実逃避的な思いもありました。

三十路の私は、鍼灸学校卒業後に再び鍼灸学校へ入学します。

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臨床教育専攻科の学生の進路
専攻科の学生は、すでに国家試験に合格して鍼灸師免許を取得しているので、堂々と臨床実習で患者さんに施術することが出来ます。現代医学的鍼灸、伝統鍼灸、中医鍼灸など、それぞれの分野の臨床経験豊富な講師陣の指導を仰ぎながら、実習現場で学べたのは貴重な経験でした。

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臨床教育専攻科は、基本的には教員養成課程です。当然ですが、同級生たちの大多数は教員志望です。

当時は全国に鍼灸科を持つ専門学校が続々と新設されていて、鍼灸の教員資格を持つ者は各鍼灸学校から引く手あまたでした。

鍼灸科の教員。先生です。
専任教員になれば、収入も安定します。会社を辞めてから縁がなくなっていた、「有給休暇」「ボーナス」といった離れてみるとそのありがたさが分かる言葉も身近なものになります。

鍼灸学校に入学した時には考えもしなかった新たな選択肢を目の前にして、また私は葛藤し始めてしまいます。

(つづく)


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